鑑草 中江藤樹

第五巻
慈善と残悪の報い
第三話 国賊になった継子

(現代語訳:青山明史)


 秦潤夫(しんじゅんふ)は幼なじみの女と結婚しました。その妻は宗領(そうりょう)という男の子を一人産んだ後に亡くなりました。その後、柴氏(さいし)を娶って後妻にしました。柴氏も男の子を産みました。それからまもなく秦潤夫は大病をわずらって、亡くなりました。
 臨終の時、妻の柴氏にこう言い残しました。
「次男はお前の実の子だから頼むまでもないが、宗領は継子だから、特に目をかけてやってくれ。」
 柴氏はもともと継子を愛する人で、その上、夫に約束した事ですから、わが子と継子を差別せず、同じように深い愛情をもって育てました。
 そしてある時、継子は政府への反乱に加わったとして捕まり、処刑されることに決まりました。柴氏はあまりの悲しさにどうしようもなくなって、わが子を連れて奉行所へ行き、
「この子を身代わりにしますので、どうか長男をお許しください。あの子が男が死んだら、私は生きていけません。長男を死刑にするのなら、いっそ私も一緒に殺してください。」
と訴え続けましたが、聞き入れられません。捕まっていた継子は、その声を聞いて、私が罪を犯したから死刑に決まったというのに、どうして罪のない弟を死刑にしろと言っているのかと奉行所に尋ねました。
 奉行はこの事を聞いて、どうもおかしいと疑いました。きっと本当は弟が継子で、兄の方が実の子なのでは、と考えて、その里の人に尋ねました。里の人の答えは、「兄が継子で、弟が実の子です。この母はいつも継子に愛情深かったのですが、今回兄が捕らえられたと聞いて、こう言っていました。もしわが子がこのようになったのを放っておいたとしても、亡き夫に恨まれはしないでしょう。でも長男がこうなったのを放っておけば、亡き夫に大いに恨まれるでしょう。そう思うと夜も眠れず、食事の味もわかりません。弟を身代わりにすれば、亡き夫の恨みもなく、わたしの心もこれほど苦しくはないでしょう。」そして里の人は夫が亡くなった時のことも詳しく話しました。
 奉行はこれを聞いて、涙を流して感動し、このような立派な継母の願いならば特別であろうと思い、国王に詳しく報告しました。国王も深く心に感じて、兄の罪を許しました。さらにその後、国王は柴氏の家に勅使をつかわして褒美を与え、その名誉を称えて世の鑑としたのです。


(評釈 中江藤樹)

 柴氏には、世にも希な幸福が二つあります。一つは、国賊となった者が死刑を許されるという幸福です。二つ目は、貧しい寡婦(やもめ)の身でありながら、恐れ多くも国王の勅使を受けたことです。
 柴氏が継子の命を救おうとしていた時、これらの幸福を求める気持ちがあったでしょうか。ただ人が誰でも持っている慈愛の本性が明らかだったからなのです。本当に継子を慈しむ事は百福の源ですから、声がそのままこだまになって戻ってくるように、求めなくても幸福を得たのです。
 残酷な継母が継子を殺すというのは、わが子の幸福を求める気持ちからですが、継子に残酷なことをするのはわざわいの元ですから、その後かならずわが子にわざわいがやってくるのです。この天道自然の精妙な理をよく心得ておいてください。



[ メモ ]

 継子が死刑にされそうな時に継母が救うという話で、第一話と似ています。さらに、現代語訳はしていませんが、同様な話がもう一つあるのです。
 この巻には全部で十の訓話があり、中江藤樹が継子の問題に強い関心があったのが分かります。
 
 





公開日 2011.3.21

鑑草のトップページへ

HOME