鑑草 中江藤樹

第六巻
廉貪の報い
第一話 周才美の枡

(現代語訳:青山明史)


 周才美という男は年老いてから初めて嫁を娶(めと)りました。その嫁はとても賢く心のきれいな人でした。才美はその嫁に家計をまかせようと思い、その家で使っている二つの升(ます)を嫁に見せました。この二つの升は、米などをやりとりする時に量をごまかすためのもので、一つはわずかに大きく、もう一つはわずかに小さく作ってありました。
 「この小さい方の升は、人に物をやる時に使いなさい。大きい方の升は、人から物を受け取る時に使いなさい。その受け渡しのやり方はこうしなさい・・・」と、才美は事細かに説明しました。
 しかし嫁は、そのやり方を拒んで、こう言いました。
「そのような事をしなくてはやっていけない所帯なのでしたら、私の力ではとてもやり繰りしていくことはできません。お暇をいただいて実家に帰らせていただきたいと思います。」
 才美が理由を問うと、嫁は答えました。
「旦那様が大小二つの升を使ってごまかしをすることは天道に背いていますから、必ず天罰がくだされるでしょう。そうなれば、この家が破産するだけではすまず、子孫にまでも報いがあることを恐れて、このように申し上げるのです。」
 才美はこの言葉に驚き、恥じ入って、「それなら、お前の考える通りにしてよい。この二つの升は捨ててしまおう。」と言いました。
 嫁は、「二つの升を使ってごまかしをしてきたのは何年になりますか。」とききました。
 才美は、「二十年間になる。」と答えました。
 すると嫁はこう言いました。
「これから二十年の間、小さい方の升で受け取り、大きい方の升で与えて、今までの罪をつぐなってから、大小の升を使うのをやめるとおっしゃるのなら、私は実家に帰らずに、この家の家計をあずかりたいと思います。」
 才美は、すっかり反省して、「全てのお前のやり方にまかせる。」と言って、嫁に家計をあずけました。
 嫁が廉直に家を治めていくと、その家は日々富み栄えていきました。そして、生まれた二人の息子は、若くして科挙の試験に合格して、高官に出世したということです。


評釈
 普通の人の考えでは、むさぼる時には財産が増えて、むさぼらなければ財産は集まりにくいと思ってしまいます。この思い込みが深いので、汚い間違いをするのです。廉直な人を心がきれいだと好意を持ち、貪欲な人を心が汚いときらうのは、誰にでもある感情ですから、むさぼっても決して財産は集まりませんし、廉直であっても決して財産を失いません。その上、貪欲には餓死の報いがあり、廉直には富貴(ふうき)の報いがあるという天の法則をよく理解すれば、誰でも貪欲の汚れはなくなるでしょう。
 才美も始めは大小の升を使ったごまかしによって財産が増えると思い違いをしていましたが、嫁の廉直なやり方で家がどんどん富み栄えるのを見た時には、二つの升を使う貪欲によって、福分を失っていた事を知り、後悔したことでしょう。
 貪欲な人の金銀米銭が欲しい、惜しいと思う念が積もり積もって心の中で凝り固まるのを銭癖と呼びます。この銭癖になると、聖人の教えも耳に入らなくなります。才美には、この銭癖はまだなかったのでしょうか、嫁の道理を説く言葉をよく聞き入れ、過ちを反省して、善を行うようになり、ついに清福を得ることができました。この故事を聞く人は、才美に名誉を一人占めさせておかないでください。

 



公開日 2011.5.11

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