鑑草 中江藤樹

第五巻
慈善と残悪の報い
第四話 子殺しの報い

(現代語訳:青山明史)


 石揆(せきき)の妻は、貧乏な家なのに子どもが多くなるのをいやがって、二人目の子を産んだ時、その子を殺してしまいました。そしてその後、また妊娠しましたが、一度に四人も産まれました。それは大変な難産で、言葉にできないほどの苦痛でした。結局、母も四人の子もみんな死んでしまいました。

 また、元秀(げんしゅう)という人は大金持ちで四十万両の財産を持っていました。本妻が産んだ四人の子をとても可愛がり、妾が産んだ子は男女を問わずみんな殺してしまいました。ある時、元秀は夢の中で、数十人の人々が「人殺しを捕まえろ」と押し寄せて来るのを見て、驚いて目を覚ましました。すると、元秀の両手両足の先が牛の蹄(ひづめ)に変わっていて、ものすごく痛み出しました。大声をあげてもがき苦しむこと三日の後、突然首が落ちて元秀は死にました。その後、四人の子どもたちは元秀の四十万両の財産を分け合って、ぜいたくな暮らしをしていましたが、まもなく罪を犯して、土地や財産を全て没収されてしまいました。


(評釈 中江藤樹)

 虎や狼でもわが子を食べたりはしません。ですから人がわが子を殺すというのは、虎狼(ころう)よりもひどい邪悪なので、元秀の手足が牛の蹄に変わってしまったことも不思議ではありません。見栄や損得の利己心で目がくらみ、親の親たる本心を無くして、石揆の妻のように生まれた子を殺すという悪行は、昔も今も世の中に絶えません。その悪の源をさぐると、二つの心の迷いがあります。
 一つ目は、不義の淫乱の結果で生まれた子なので、育てることができないという理由です。二つめは、家が貧しいのに子どもが多ければ養育しきれないためです。
 一つ目の場合は、情欲が起きた最初の時に、子を作ってもよい相手かどうかを考えてください。そうでない場合は、それは淫乱なのです。淫乱は悪逆無道ですから、やがて必ず恐ろしい報いがあります。もし子が生まれて殺したら、罪の上にさらに罪を重ねることになるので、その報いは非常に重いのです。この事を思い出して情欲を我慢して抑えてください。
 貧しいので子どもが欲しくない人は、情欲の起こった時に、その時期を考えて、妊娠しそうな時を避けてください。もしそんな時に情欲が起きた場合は、子を殺した時の報いが恐ろしいことを思い出して、情欲を追い払ってください。
 このように、最初に心が動いた時に、よく結果を考えて工夫すれば、子殺しの邪心を退治するのは簡単です。
 元秀のような場合は、子殺しの邪心を退治するのはとても容易です。なぜならば、情欲を我慢する必要もなく、たくさんの子どもを養育する余裕が無いわけでもありません。だから、ただ子殺しの報いがあることを理解して、身勝手な考えをしなければ、子殺しなどする必要はないのです。
 世間に多い心の迷いですから、くわしく説明しました。心ある人は、よく考えてみてください。


[ メモ ]

 この訓話はちょっと異例なもので、別々の二つの話を同時に取り上げています。これは鑑草全巻中、唯一の例です。そして、第五巻のテーマである継子ではなく、実の子に対する子殺しの話です。さらに、子殺しをして、報いを受けた元秀は男です。女性のために書かれた鑑草で、男性が主人公なのはこの話だけです。
 藤樹は評釈で、子殺しを避けるための方法を説いています。これを言うために、二つのエピソードを選んだのでしょう。どれほど有効だったかはわかりませんが当時の避妊法をすすめています。ちなみに藤樹は医者ではなかったものの、医学書も書いており、医者になりたいという弟子の一人(大野了佐)を熱心に指導して、医者に育てたこともあります。

 【四十万両の財産】
 原文では「四十万のたから」で、単位は書いてないので、どれくらいの価値なのかわかりません。

 




公開日 2011.3.21

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