鑑草 中江藤樹

第四巻
教子の報い
第五話 君子を育てる覚悟 

(現代語訳:青山明史)


 呉賀(ごか)の母は常々正しい道に則って子を教育していました。ある日、呉賀が友達と話している時に、人の陰口を言ったのが母に聞こえました。母は非常に怒って、呉賀を鞭(むち)でたたいて叱りました。母の友人はこれを見て、
「その場の勢いでつい人の悪い噂をするのは、それほど怒ることではないでしょう。」
と、言いました。すると母はこう言いました。
「君子は人の悪いところを隠して、人の良いところをほめるものだと聞いています。人の良いところをほめるどころか、人の悪いところを語るというわが子の心根はとても情けない。わたしの子はこの子一人しかいませんが、小人(しょうじん)の心根を持つようでは、子がいない方がましですから、これほど怒っているのです。」
このように大いに嘆いて、さめざめと泣くのでした。
 そして母は罰として呉賀に食事を与えなかったので、呉賀は恐れをなして、よく身を慎むようになりました。そしてついには立派な君子となり、高い位について、家は大いに栄えました。

(評釈 中江藤樹)
 子がいても小人だったら子がいないのに劣ると言うほどの覚悟はめったにない、とても尊いものです。この心がけがあれば、どんな母親もしっかりとした教育をするでしょう。この母のように教え励ますならば、子も必ずあやまちを改めて、態度がよくなるに違いありません。わが子を愛するならば、呉賀の母の教育を見習うべきです。


[ メモ ]

 【呉賀】
 この人については詳しいことがわかりません。難関の科挙の試験に合格して役人になったようですが、具体的な仕事は不明です。

 【罰として呉賀に食事を与えなかった】
 原文では「食をすすめざりしかば」なので、「呉賀に食事を与えなかった」と訳しましたが、この故事の漢文版を見たところ、「母は泣いて食事もとらなかった」というように読めました。これもまた子にとってはかなりこたえますね。

 


公開日 2011.3.2

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